大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(行ウ)186号 判決 1997年7月25日

原告

ザンドツ・アクチエンゲゼルシャフト

右代表者

リチャード・ロス

ペーター・レス

右訴訟代理人弁護士

吉利靖雄

被告

特許庁長官

荒井寿光

右指定代理人

清野正彦

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成三年一月七日、原告提出の平成二年一一月一九日付特許第一〇七三四七三号特許権の存続期間延長登録願についてした不受理処分を取消す。

第二  事案の概要

一  本件は、原告がした特許権の存続期間延長登録出願を、被告が不受理処分にしたため、原告が、右不受理処分の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠によって認められる事実

1  原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。

特許番号 第一〇七三四七三号

発明の名称 新規抗生物質の製造方法

出願年月日 昭和四九年一二月五日

優先権主張 スイス国 出願年月日一九七三年一二月六日

出願公告年月日 昭和五六年四月九日

登録年月日 昭和五六年一一月三〇日

特許請求の範囲 本判決添付の特許公報抄本の該当欄記載のとおり

2  サンド薬品株式会社(以下「サンド薬品」という。)は、本件発明の実施品である医薬品(販売名サンディミュンカプセル二五mg、以下「本件医薬品」という。)について、薬事法に基づく輸入承認を取得するため、昭和六三年九月二八日、厚生大臣に対し、本件医薬品の輸入承認申請をした(甲第五号証の一、二、乙第二号証の四、五、弁論の全趣旨)。サンド薬品は、平成二年六月二九日、本件医薬品について輸入承認を受けた。

3  原告は、平成二年一一月一九日、被告に対し、本件特許権について、特許法(平成五年法律第二六号による改正前のもの。以下「法」という。)六七条の二第一項に規定する存続期間の延長登録の出願(以下「本件延長登録出願」という。)をした。

法六七条の二第三項に基づき本件延長登録出願をすることができる期間は、右輸入承認を受けた日から三月以内であるところ、本件延長登録出願は、同年一一月一九日になされたものである。右に関して、原告は、本件延長登録出願を輸入承認の日から三月以内に提出できなかった理由として、政令で定める処分を受けたのは本件特許権の実施権者であるサンド薬品であること、原告がその事実を知ったのは平成二年一一月五日であること、この日が出願人の責に帰することができない理由がなくなった日であること、したがって、本件延長登録出願は、右理由がなくなった日である同年一一月五日から一四日を経過する日までの期間に提出したものであるなどと上申した。

4  被告は、原告に対し、平成三年一月七日、法六七条の二第三項に規定する期間を経過してなされた出願であることを理由として、本件延長登録出願を受理しない旨の処分(以下「本件不受理処分」という。)をした。

原告は、被告に対し、平成三年三月二二日、本件不受理処分について行政不服審査法による異議申立てをしたが、被告は、平成八年五月三〇日、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

三  争点(本件不受理処分の取消事由の有無)

本件が、平成七年政令第二〇六号による改正前の特許法施行令(以下「法施行令」という。)一条の四ただし書の「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者がその責に帰することができない理由により当該期間内にその出願をすることができないとき」に該当するか。

四  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 法施行令一条の四ただし書の「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者がその責に帰することができない理由により当該期間内にその出願をすることができないとき」とは、「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者の故意過失」及び「特許権者と同視すべき者の過失」を除いた事由により当該期間内にその出願をすることができないときと解することができ、法一二一条二項所定の「その責に帰することができない」と同様の解釈をすることは相当でない。

(二) 特許権の存続期間の延長登録の出願人は、特許権者に限られ、実施権者は、延長登録の出願をすることはできない。ところで、特許権者が実施権を設定し、実施権者が特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分を受けた場合に、特許権者が特許権の存続期間の延長登録の出願をする際には、延長登録の理由となる処分など実施権者しか知り得ない事項をも出願願書に記載しなければならず(法六七条の二第一項、平成二年通商産業省令第四一号による改正前の特許法施行規則三八条の一五)、特許発明の実施に当たって政令で定める処分を受けることが必要であったことを証明するために必要な資料(医薬品の製造輸入承認書)など実施権者しか所持し得ない資料を添付しなければならないので(法六七条の二第二項、平成五年通商産業省令第七五号による改正前の特許法施行規則三八条の一六)、実施権者の誠実な協力が不可欠である。そして、実施権者は、特許権者から独立した利益主体であって、特許権者の単なる履行補助者ではなく、特許権者と同視し得る者ではない。

(三) 原告は、サンド薬品と特許権の実施権設定契約を締結する際、原告が日本において保有する知的財産権の管理について合意を交わし、サンド薬品には、原告が日本において保有する知的財産権の管理事項について報告義務が課せられており、具体的には、本件医薬品の輸入承認を受けた事実を原告に報告し、本件特許権の存続期間の延長登録出願に必要な添付書類を原告に交付する義務が課せられていたが、実施権者であったサンド薬品は、この義務を懈怠したものである。

このような事情に鑑みれば、原告は、本件延長登録出願について、特許権者として払うべき注意義務を十分に尽くしていたというべきであり、原告が延長登録の出願を、実施権者であるサンド薬品が輸入承認を受けた日から三か月以内にすることができなかったのは、原告とは法律的、経済的に独立した地位にある実施権者であるサンド薬品が右義務を懈怠したことに起因する。

このように、原告が法施行令一条の四本文所定の期間内に本件延長登録出願をすることができなかったのは、前記のとおり、サンド薬品の義務の懈怠によるものであるが、サンド薬品は、特許権者である原告とは客観的経済関係に立ち、かつ外部的契約関係に立つので、特許権者である原告と同視し得る地位にはないので、サンド薬品の過失をもって、「特許権者と同視すべき者の過失」ということはできない。

(四) したがって、本件は、法施行令一条の四ただし書所定の「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者がその責に帰することができない理由により当該期間内にその出願をすることができないとき」に該当するから、本件特許権の延長登録の出願は、法六七条の二第三項、法施行令一条の四所定の期間内に行われたものであり、本件不受理処分は違法である。

2  被告の主張

(一) 法六七条の二第三項、法施行令一条の四が特許権の延長登録の出願の期間を定めたのは、発明の保護と第三者による発明の利用の保護との調和を図る趣旨であるところ、法施行令一条の四ただし書の「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者がその責に帰することができない理由により当該期間内にその出願をすることができないとき」とは、第三者による発明の利用の保護の観点から限定的に解釈すべきであって、天災その他避けられない不測の事故等客観的事情によるもののほかは、特許権の延長を出願する者またはその代理人が通常用いると期待される注意を尽くしてもなお出願期間の徒過を避けることができないような事由が存する場合に限ると解するべきである。

(二) 本件においては、原告は、本件特許権の実施権者であるサンド薬品に輸入承認の通知がされることを知りまたは知ることができた以上、サンド薬品に対し、右通知を受けたことを原告に報告するように求めることができたのであり、そのようなことは特許権者に通常要求される程度の注意を払えば可能な事柄である。サンド薬品の担当者が多忙な業務のために本件医薬品の輸入承認を受けた事実を原告に報告することを懈怠したとしても、そのような事情は原告とサンド薬品の間の主観的内部的な事情にとどまり、原告において、特許権者として通常要求される程度の注意を払うことにより容易に回避することができたものといえる。

それゆえ、本件においては、特許権の延長を出願する者またはその代理人が通常用いると期待される注意を尽くしてもなお出願期間の徒過を避けることができないような事由が存するということはできない。

(三) したがって、本件は、法施行令一条の四ただし書所定の「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者がその責に帰することができない理由により当該期間内にその出願をすることができないとき」に該当しないから、本件延長登録出願は、法六七条の二第三項、法施行令一条の四所定の期間を経過したものであり、本件不受理処分は適法である。

第三  争点に対する判断

一  法六七条一項は、特許権の存続期間を定め、これにより特許権者の発明の保護を図るとともに、発明の実施の促進により産業の発達に寄与するという目的との調和を図っているところ、同条三項は、安全性の確保等を目的とする法規制による処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができない分野では、発明の保護を手厚くして発明の利用との均衡を図る目的で特許権の延長登録制度を定めたものである。

右延長登録制度の手続を定めた法六七条の二第三項が、「特許権の存続期間の延長登録の出願は、前条第三項の政令で定める処分を受けた日から政令で定める期間内にしなければならない。」と規定し、これを受けて法施行令一条の四本文が、延長登録出願をすることができる期間を、処分を受けた日から原則として三月と規定したのは、特許権者に特許権の存続期間の延長登録出願をするか否かの考慮をしたうえ、出願手続に必要な期間の猶予を与える一方、発明を利用しようとする第三者に不測の損害を与えることがないよう、延長の有無を早期に確定させる趣旨と解される。

しかし、この期間が経過すると、特許権者は、延長登録出願をすることができなくなるという重大な効果を受けるため、特許権者が自らの権利行使を怠ったとはいえないにもかかわらず、なお右の期間を徒過してしまったような場合には、さらに、延長登録出願をすることができる期間を認めるのが当事者の公平に合致する。そこで、法施行令一条の四ただし書は、そのような場合について、延長登録出願の期間を規定したものである。したがって、法施行令一条の四ただし書の「特許権の存続期間の延長登録の出願をする者がその責に帰することができない理由により当該期間内にその出願をすることができないとき」とは、特許権の存続期間の延長登録を出願する者ないしそれと同視すべき者がその出願手続をするに際し通常用いると期待される注意を尽くしてもなお出願期間の徒過を避けることができないと認められる事由によって期間内に出願をすることができないときをいうものと解すべきであり、天災その他避けることのできない客観的不可抗力により出願をすることができない場合に限るものではない。

二  そこで、本件において、特許権の存続期間の延長登録を出願する者ないしそれと同視すべき者がその出願手続をするに際し通常用いると期待される注意を尽くしてもなお出願期間の徒過を避けることができないと認められる事由があったか否かについて検討する。

甲第一号証、第六号証、乙第二号証の八、第五号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、スイス国法人であり、関連の化学製品、医薬品、農薬、種子などの事業会社六社及び知的財産権の管理等を行うサンドテクノロジーリミテッド、これらを統括するサンドインターナショナルリミテッドの合計八社の持株会社として、これらサンドグループ全体の統括を行う地位にあり、日本国内に営業所を有しない。サンド薬品は、原告の開発した医薬品の日本における販売を目的として、原告が株式のすべてを保有する原告の子会社として、昭和三五年に設立され、設立以来現在まで、サンドグループに属するサンドファルマリミテッドから原末または製剤を輸入し、これを日本において医薬品として販売していた。

2  原告とサンド薬品は、本件医薬品を日本において輸入販売することを企図し、サンド薬品による輸入承認申請に先立ち、本件医薬品について輸入販売契約を締結し、原告は、サンド薬品に対し、本件特許権につき実施権を設定した。右実施権設定に伴い、サンド薬品は、原告との間において、原告が日本において有する知的財産権の管理についての合意をした。サンド薬品は、この合意の内容として、特許権の存続期間延長を含む、知的財産権の実施及び管理について責任を負い、その管理事項について、サンドテクノロジーリミテッドを通じて、原告の指示を受けまたは原告に報告することとされていた。また、サンド薬品は、原告から、原告の有する特許権の実施品である医薬品の輸入販売に必要とされる諸手続、すなわち輸入承認を得るために必要な手続、輸入承認の報告、特許権の侵害の予防または中止に必要な情報を原告に提供することなどを委任されていた。サンド薬品は、原告に対し、右合意及び委任に基づき、本件医薬品について輸入承認を受けた事実を原告に報告し、本件延長登録出願に必要な添付書類を交付する義務を負っていた。

3  サンド薬品は、原告に対し、本件医薬品につき輸入承認があったことを直ちに報告せず、原告は、平成二年一一月五日に至りはじめて、右輸入承認があった事実を知った。

三  右認定の事実によれば、原告は、サンドグループの統括者及びサンド薬品の全株式を保有する親会社として、かつ本件特許権の実施権設定者として、サンド薬品に対して、はるかに優越的な地位にあり、原告とサンド薬品は、資本、営業などの経済的な面においてはもちろん、知的財産権に関する活動や情報交換の面においても、密接な関係を有していたものであり、また、原告とサンド薬品は、本件医薬品の日本での輸入販売を実現するために、輸入販売契約を締結し、実施権を設定していたものであり、このような原告とサンド薬品との関係からすると、原告は、サンド薬品が本件医薬品の輸入承認申請をしたことを当然に知っていたと推認されるところであり、サンド薬品に対して、本件医薬品について輸入承認があったか否かを確認しようとすれば、容易に確認することができる立場にあったものと認められる。

原告は、特許権の存続期間の延長登録の出願をすることができる地位にあり(法六七条の三第一項五号)、法六七条の二第三項、法施行令一条の四によって、延長登録の出願は、原則として、政令で定める処分を受けた日から三月以内にしなければならないと規定されているのであるから、原告は、本件において輸入承認を受ける立場にあるサンド薬品に対して、三月より短い期間ごとに、輸入承認があったかどうかを確認すべきであったということができ、前記のとおり原告が容易に右確認をすることのできる立場にあったことをあわせ考えれば、右確認をしなかったことは、原告自身が通常用いると期待される注意を尽くさなかったものと評価されてもやむを得ないというべきである。

したがって、本件においては、特許権存続期間の延長登録を出願する者ないしそれと同視すべき者がその出願手続をするに際し通常用いると期待される注意を尽くしてもなお出願期間の徒過を避けることができないような事由があったとも認められないから、本件は、法施行令一条の四ただし書所定の場合に該当せず、本件延長登録出願は、法六七条の二第三項、法施行令一条の四所定の期間内に行われなかったものであり、本件不受理処分は適法である。

四  よって、本件不受理処分に取消事由はなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官髙部眞規子 裁判官榎戸道也 裁判官中平健)

別紙特許公報<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例